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祈りと呪いは紙一重

ギャグマンガ日和、芭曽。
おおみそか。…に旅をしていたかはこの際置いておく。

 どこかで鐘をつく音がする。
 隣を見れば寝ている師匠の顔。起こさないようそっと起き上がり、若干の乱れを正す。今宵は冷えましょうと女将から貸してもらっていた半纏を着た上に外套を羽織って、極力音を立てないように部屋をあとにした。
 当たり前だが戸締りは万全だ。こんな真夜中に外に出る人間などいない、錆び付く一歩手前の鍵を開けて外に出る。びゅうと寒空が風を吹かせていた。
 ごぉん……。
 どこでついているのか。確かな音源はわからなかった。目を閉じ、耳を澄ませる。またひとつ。冷えた空気の中、ひとりで立って鐘の音を聞いていくと、煩悩が落ちていく感覚もしてくるから不思議なものだ。
 指や耳、体の先端からかじかんでいくが、中に入る気は起こらなかった。今いくつ目かわからない、もしかするとさっきので百八つ目かもしれない、鐘が山の奥から安宿まで響き渡る。どこかでこれを聞いている人間がいるのだろうと思うと、妙な一体感を覚えた。

「うひゃ、寒ッ!」

 厳かな夜に場違いな声。一瞬驚くが誰なのかは容易に予想でき、ゆっくり振り返る。

「起こしてしまいましたか」
「ううん、ふと目が覚めたんだけど。何でこんな外にいるの、いなくなってて驚いたじゃない! それに寒いよすごく」

 僕と同じく借りた半纏を着込み、背を丸める師匠に溜息を吐く。
 がたがた震えながらたくさんの文句をいう芭蕉さんは元気だった。深夜に騒がしいと怒られてもバカだから、人差し指を口にあて、音量を下げるよう促す。それに従うも足踏みをしながら芭蕉さんは「何で外にいるの」と問いを繰り返した。

「除夜の鐘を聴いていたんです」
「ええー部屋の中でも聴けるでしょ?」
「いびきがうるさかったので」
「うっそ」

 芭蕉さんがまた声を上げる。じろりと睨むと口に手を当てて声を閉じ込めようとする。けれど一度出た声は戻ることはない。誰も起きないことを祈る。
 ごぉん……。
 ひとつ。煩悩が消える音がする。
 それでも、三百六十五日過ぎる中のうちに煩悩は積もっていく。人間はなんと罪な生き物だろうと思った。
 目を閉じまた鐘の音に意識を移していると、ふ、と肩が重くなった。
 温かさを閉じ込めようとしている半纏、手で押さえて振り向けば、寒いよと芭蕉さんが苦笑した。

「ジジイのくせに無理しなくていいですよ」
「ひっど! 可愛い弟子を気遣う師匠にいうセリフがそれ?」

 ひどいのはどっちだか。こんな気遣いをされて喜ぶのは女、子ども、年寄りに限るだろう。あいにく僕はどれにも該当しない。ああ、もうひとつあったか。恋情を抱く者なら男女関係なく嬉しいかもしれない。芭蕉さんは満足そうに、返そうとする僕の肩を叩く。
 鐘の音が聴こえない。
 周りを見渡しても、時刻を示すようなものはなかった。夜は相変わらず暗いままだ。

「あけまして、おめでとう」

 落としてもらうもすぐに覚えたのだろうか、どちらにしろ厄介な煩悩を落とし損ねた僕に、芭蕉さんが頭を下げた。

「あけましておめでとうございます」
「明日、じゃなかった今日、初詣行くんだよね?」
「ええ、予定では神社があったはずです」
「鐘はお寺なのに神社でもいいんだから適当だよねぇ」

 新年早々かみさまに喧嘩を売るような真似はしないで欲しい。
 手にすべきか脚にすべきか悩むも、ツッコミはまたあとでも出来るなと思いとどまる。今年はまだ始まったばかりだ。

「曽良君」
「はい」
「これからもよろしくね」
「……」

 言いよどんだ理由を芭蕉さんは知らない。そもそも気にしてもいないだろう。
 ふたりの間に白い息が溶けていく。外は寒い。そのことを急に実感して、爪先を揺らす。
 せいぜい、今年といわなかったことを悔やめばいい。

「……こちらこそ」

 これからも、どうぞよろしく。




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BGM:KOKIA『Follow the Nightingale』
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