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「まぁ、そういうことだ」(簡単に言ってくれる)

初期永倉と土方。
「鬼」の副長。『人よ、残酷な人よ、』、『お前は無力だと神が嗤った』の続き。

 それは夢でしょうといわれた。
 きっかけといえばそれがきっかけなのかもしれない。

 赤ペンを走らせる指は五本。添削していって書き込む文字は達筆な日本語。
 まるで自分が間違っている気がしてくる。失礼しますの一言から何も言わずにいるオレに、副長がようやく顔を上げた。

「珍しいな」

 オレが誰なのかはわかっている、だから顔を今まで上げずに決裁していたのだろう。話ならもう三分待ってくれと机に向かってしまう銀髪を見つめ、オレは息を吸う。握った拳は汗ばんでいた。

「あなた、副長ですか?」
「……」

 ぴた。手の動きと共に部屋の空気が止まる。
 それは一瞬で、でもオレにとっては確信の持てる時間だった。

「何? 影武者がすり替わっているとでも?」
「人間ですか?」

 問いを重ねる。苦笑していた顔が更に深くなる。寝惚けてンの永倉、バカにしたような声色は、オレの知っているそれで、やはり推測は間違っているのではないかと不安にさせた。

 最近、副長に対する沖田さんのスキンシップが増えた。初めこそ認めたくない事実におもしろくないと眉をひそめていたが、どうにも様子がおかしかった。滅多に好き嫌いを見せないあの沖田さんが、キラキラと目を輝かせ続けていたからだ。その目線の先は、この副長。
 とつとつ、震えないように注意しながらオレは話す。

「見た目では特に変わった様子もない、じゃあ内面に変化があったのかと思ったんですけど……」

 敬語を崩せないのは、現段階ではオレの上司だから。もしくは、推測の通りの場合に備えての予防線。その通りじゃなくてもそうだとしても恐ろしい。

「弱味を握られたのだとしたら一体何だろうって、……不謹慎ながら知りたくなって」
「もういいよ」

 ふ。
 細く吐かれた息は微笑みと共にあった。

「要するにお前は、何を見た?」
「……」

 今度はオレが黙る番だった。
 目の前の副長は銀髪に墨色の双眸。それがいつ変貌するかと、にわかに恐ろしくなった。ごくりと、ツバを飲み込む音がする。
 いつもと変わらぬというのに、その眼差しに射竦められそうで、刀を持つ手に力が入った。抜いてはいない、ただ、いつでも抜けるようにはしていた。

「今朝。角、を」
「……っか」

 声は明るかった。気ィ緩めすぎかねェ、苦笑してはいたが怒っていない。ただ、少し寂しそうだった。

「沖田君の前に一度、誰か起こしに来た気はしてたんだよ」
「……寝起きの悪さは元からですか」
「まーな。元々夜行性だし」

 じゃあ、と問えば鬼だよ。と軽く言われてしまった。
 なるほど、沖田さんが目を輝かせるわけだ。彼女のときもこうやって簡単に掌をみせたのだろうか。
 ぎゅっと何度目かわからない、手に力を入れた。

「……天人だろうが、妖怪だろうが幽霊だろうが。そうなんだといわれれば理解する努力もしますし、納得もします」

 上司の上司のそのまた上司は、異星人ですから。吐き捨てるようにいえば鬼だといった副長は片眉を跳ね上げた。

「ただ、騙されているのだとしたら、それはオレにとって屈辱です」
「……何もできやしないんだけどな」

 ぱっちん。視界に入ったのか、上をノックし赤ペンのインク先を隠す。そんなふうに簡単に、オレの見てしまった角も隠しているのだろうか。副長はオレを見ながら何か違うところを見つめる眼差しで言葉を重ねる。

「人より多少長く生きるが死なないわけじゃない。力のある者が書いた札なら簡単に封じられる」

 何故鬼が、人に混じって生活しているのか。それもある種、目立ちまくる真選組という職の、副長という座で。訊きたいことは山ほどあったが、事実の大きさにオレは口を開けられないでいた。推測は間違っていなかったが、間違っていたほうがよかったと自分勝手に思う。

「近藤さんには借りがあるんだ」

 言外に、局長に害をなせば容赦なく斬りつけると宣言される。そら恐ろしい。態度と声の温度の低さのギャップにぞっとした。
 夢なんかじゃない。
 沖田さんの敗因は、「鬼だ」といったオレを軽く流してしまったことだ。いつもだったらノリにノッてしまうところだろうに。

「刀を置きな、永倉」

 角。見たくない?
 いたずらっこのように肩を上げつつ。銀髪を指差され、オレは訊かれた。


coaxial:『明日を上手に生きるには


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