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戯れに愛の花

初期永倉と沖田。
薔薇の誘惑。

 強烈な匂いに目が覚めた。

 一瞬ここがどこだかわからず、目の前で意味を成さない文字の羅列にうへぇと嘆息する。タイプしているうちに寝てしまったらしい。途中まで立派な報告書を見て、背筋を伸ばして三十分程度しかロスしていないことに軽く安堵する。
 足が重い、というか痺れていることに気付いて、しかし動きづらさは痺れだけではなく何か、地味に重い気がして、眠りたがる目を擦りつつ視線を落とす。

 匂いが強まった。

「……エエー」

 なんつーところにいるんだ。

 香源は砂色の髪。少し湿り気を帯びていることから、風呂上りだということが容易に想像できる。
 残業するおれに、一体何用で来たというのか。わざわざ、狭い文机と人間との間に潜り込んだ真意と共に尋ねたい。

「ちゃんと乾かさないと、寝癖つきますよー……」

 蟻とお話するのに最適かもしれない、おれの出せる最大限の小声。
 そのおかげかどうか、沖田さんは起きる気配をみせない。良かったのだけど同時、それはそれで困る。

 シャンプー、替えたんだろうか。
 お洒落方面には全くといって疎いおれでもわかる、薔薇の香り。
 自分で買ったのか試供品をもらったのか、とにかく屯所備え付けの業務用シャンプーじゃない。買ったのならばそれは、おれのためにでは、ない。それでも胸が躍るのはおれが男でこの人が女だからだろうか。

 同じ石鹸使ってるはずなのにどうしてこんなにいい匂いがするんだろうと思ったことは数知れず。
 しかし、女性用のを使うだけで、こんなに女の人は女の人になれるのか。
 確かに嗅ぎ慣れない強い匂いだけど、もっと嗅いでいたくなる。
 うう、おれってばヘンタイ。

「……沖田さーん……」

 膝の上。呼吸音さえ拾える静まり返った梅雨の夜。
 痺れているのが惜しいけど、適度な温かさ。
 綺麗な髪。綺麗な肌。
 誘われているのかと勘違いしたくなるほど魅惑的な、薔薇の香り。

 ものすごく触りたい。
 触りたいけど。

「……」

 触ったらきっと、起きる。
 寝起きの悪さを知らないわけじゃないおれは迷う。

 据え膳喰わぬはじゃなくて、どうやって起こそうか、で。

 どうしよう。
 多分、船漕いでるおれを見て悪戯心働かせて、下から覗き込んできゃっきゃと楽しんで、でも起きないおれに睡魔の侵入を許しこうして寝てるんだろう。
 何て人騒がせな人だろう! おれが男だって知らないわけじゃないのに、じゃなくて。

「おきたさんの……」

 薔薇の香りがおいでおいでと誘ってくる。
 明日あてつけに大量の薔薇でも部屋に飾ろうと決心する。

「……ばーか」

 ふと拾った廊下の軋み。
 近づいてくる田舎者の足音に、どんな格好をすればあの鬼を怒らせることが出来るかしらと黒く笑ったおれは、今たぶん、いわゆる勝ち組の気分を味わってる。




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BGM:愛内里菜『TRIP』
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加島恵梨(カシマメグリ)
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